I’ll always love you.

 

幼い頃から、わたしは動物と一緒に育った。

わたしの成長の過程にはいつも傍らに、愛すべき小さな存在がいた。

 

幼稚園の頃から動物が大好きだったわたしは、あの頃から将来の夢は動物のお医者さんだった。

はじめて飼ったのは小さなジャンガリアンハムスターだった。

母がわたしのために連れてきてくれた小さな友だち。

モモちゃんという名前だった。

 

わたしはそれまで、「死」というものに触れたことがなかった。

幼少の頃に父方の祖父母を亡くし、母方の祖父も亡くしている。

まだ幼いわたしは両親に連れられて何度か祖父母に会ってはいるけれど、それも彼らが病に伏してからであって、わずかに残る記憶では会ったのは病院で、何か言葉を交わした記憶も持っていない。

彼らの葬儀に参列したわたしはあまりに幼く、葬儀というものが何なのか理解していなかった。周りの人が悲しそうにしている理由も分からず、故人のお骨を取っているときも不謹慎にもバーベキューをしているみたいだと子ども心に思っていた。

幼いわたしは祖父母との思い出をほとんど持たなかった。今思えば、思い出をつくる前に彼らがわたしの前を去ってしまったことはとても悲しいことだけれど、当時のわたしは祖父母との思い出を持たない故に永遠の別れの意味を理解できなかった。

 

母方の祖父と最後に会ったのは、白くて小さい他とは隔離された病室で。

幼いわたしは両親と共にマスクと白衣を着てその病室に祖父に会った。

きっとそれが祖父と最後に会った日なのだけれど、祖父の顔も何を話したかも覚えていない。

わたしはあの白くて四角い隔離された病室が怖かった。だからその記憶だけはあるのだと思う。

 

父方の祖父母とは生きていた頃の記憶はない。最後に祖父母の家で、暗い和室に横たわる祖父の遺体が扉の隙間から見えたこととお線香の匂いしか覚えていない。顔に布をかけられたその姿は幼いわたしにはひどく不気味で、その部屋に近づきたくなかった。

祖母に至ってはそのような記憶さえもない。

唯一残っているとすれば、それは形見として渡されたメダイ。

聖母マリアのペンダントは幼稚園の卒園時に授与された青い石とよく似ていた。

祖母のそれは、幼稚園でもらったものとは違い銀色でふた回りくらい大きかった。

幼稚園から貰ったそれが神聖なもので、神様の宿るものだと知っていたわたしには、祖母の形見のそのメダイは特別なものだった。

とはいえ、故人との思い出を持たないわたしにはその形見は「死」という概念とは結びつかない、ちょっとしたお宝みたいなものでしかなかった。

 

 

 

そういうわけで、わたしは幼い頃に三度も身近な人の死を経験したはずなのに「死」というものを知らなかった。

何も知らない幼いわたしが「死」は永遠の別れなのだと知ったのは、モモちゃんがわたしの元から永遠に去ったあのときだった。

 

モモちゃんはわたしのペットだった。

自分でお世話をして、部屋の掃除をして、ごはんをあげて、幼いわたしは自分なりにあの子を可愛がっていた。

だからモモちゃんが死んだとき、あの小さな友だちがもう二度と動くことがないと知って、わたしはひどく泣いた。

体はまだそこにあって、眠っているようなのに何かが違う。幼いわたしはモモちゃんの最期の姿を見て、あの子の魂がもうそこにはないことを感覚的に理解していた。

硬くなり、腐敗して匂いを放ち、朽ちていくその姿にわたしははじめて「死」を見た。 

わたしはあの途方も無い悲しみを忘れることができなくて、モモちゃんの餌箱とお菓子の家を高校生くらいまでずっと大切に持っていた。

 

 

それからしばらくして、わたしはまたジャンガリアンハムスターを飼い始めた。

ガンちゃんとアイちゃん。

モモちゃんと同じグレーのガンちゃんと、雪のように真っ白のアイちゃん。

一匹だけでは寂しいだろうから、と二匹同時に飼っていたけれど二匹はよく喧嘩をして、いつも傷つくのはガンちゃんだった。

憐れみからか、わたしはガンちゃんのほうが可愛がっていた。

いつも弱かったガンちゃんは先に逝ってしまって、それからわたしはアイちゃんを可愛がろうと努力した。

あの子はちょっと凶暴で、よく噛まれていたから避けてしまったいたけれど、ガンちゃんが去り、「死」をまた身近に感じて、このままアイちゃんとお別れしてしまったらわたしはあの子を愛せなかったと悔いるに違いないと思った。

それからアイちゃんは少し穏やかになっていって、優しい気持ちのまま最期を迎えた。

 

 

ハムスターの寿命はあまりに短く、短い期間に何度も永遠の別れを経験するのはあまりに辛かった。

わたしはそれから自分のペットを飼っていない。

 

 

それからしばらくして、弟がモルモットを飼い始めた。誕生日プレゼントに母に頼んだと聞いた。弟はわたしがペットを飼っていたことがずっと羨ましかったのだと、後々母から聞いた。

モルモットの名前はモルちゃんという単純な名前で、弟はとても可愛がっていた。

ほどなくして、ひとりでは寂しいだろうと母がもるちゃんの小さな友だちを連れてきた。

まだモルちゃんよりも小さい茶色のモルモット。その子はちゃっぴーと名付けられた。

モルちゃんは弟のだったから、わたしはちゃっぴーを一段と可愛がっていた。

でもその小さな命はあまりにも短かった。うちに着て、わずか三週間ほどでわたしの元から永遠に去った。

ちゃっぴーの死んだ夜、わたしはあの子の声を確かに聞いた。夢や幻なんかじゃなかった。

きっと最期にあの子はお別れを言いにきてくれたのだと、わたしは思った。

 

モルちゃんは五年も一緒にいてくれた。

だから、後悔しないようにありがとうも大好きもたくさん伝えてきた。

あの子を愛する時間は十分にあった。病気で弱り果てて死んでいったときはとても悲しかったけど、あの子はとても頑張ってくれたから、ちゃんとお別れができたと思う。

でも、モルちゃんがいなくなってうちは三人

家族だけになってしまった。

母はとても寂しかったみたいで、ある日モルちゃんとちゃっぴーによく似たモルモットを二匹連れて帰ってきた。

ママはモルちゃんとちゃっぴーが生まれ変わって帰ってきてくれたのだと言った。

よく似たあの子たちに、同じ名前をつけてわたしたちはあの子たちと共に過ごした。

はじめのうちは、前の子たちに重ねていたけれど、途中からは別の命として愛していた。たぶん、母もそうだ。

前の子たちを亡くして、一番落ち込んでいたのは母だったから。

同じ名前をつけたけれど、2代目の子たちはどちらも男の子で、ちゃぴお、もるお、と呼ぶようになり、次第にそれが正式名称になった。

あの子たちはもう五年近く生きていて、その間にわたしは高校を卒業して大学生になり、実家を出た。

だから、あの子たちとずっと一緒にいたわけではなかったけれどあの子たちはわたしたち家族にとっての絆そのものだった。

わたしも弟も家を出て、ひとり残された母はあの子たちをとても可愛がっていた。

 

そして今朝、ちゃぴおが虹の橋を渡っていったと連絡があった。

少し前からちゃぴおはひどく弱っていて、病院に行って処置を施してもらい帰ってきたあの子を母が献身的に世話していた。

つい先日、弱っていながらも大好きな苺を一生懸命に食べるあの子の姿をスマホの画面越しに見たばかりだった。この子には生きる意志があるのだの、嬉しく思った。

 

今日は何の予定もなく、目覚ましもかけていなくて、昨晩遅くまで本を読んで起きていたから昼くらいまでゆっくり寝ようと思っていた。

いつも予定がない日は昼過ぎまで目が覚めない。

なのに今朝は8時過ぎくらいに唐突に目が覚めて、何かを考えもしないうちにスマホの通知が鳴って、見たらちゃぴおの死を告げる母からのメッセージだった。

 

きっと、あの子がお別れを言うために起こしてくれたのだと思った。

あの子たちは食べることが大好きで、お腹が空けばケージを二匹一緒にガジガジ齧りまくって食べ物を求めた。

わたしたち家族はそれをうるさいねえ、と笑いながらもとても愛しく思っていた。

わたしは彼らがそうするたびに、ごはんをあげていたし、いつももるおのほうが強くてちゃぴおのごはんを横取りしたから、こっそりちゃぴおに多くごはんをあげたりしていた。

だから、歯が伸びすぎて食べ物をほとんど食べれずに弱り果てて死んでしまったあの子がとても可哀想で。

数日後、わたしは実家に帰る予定だった。

そのときにはちゃぴおに美味しいものを食べさせて、膝に乗せて撫でてあげようとそう思っていたのに。

それはもう、永遠に叶わない。

帰ったら、もるおしかいないケージが待っていると思うととても悲しくて、死を告げられてしばらく実感がなかったのに、あの子のいない家を想像したらあまりに悲しくて涙が出た。

 

でも、あの子は長生きしたし、その間たくさん美味しいものを食べて幸せに生きてくれたと思う。最期のときも、ひとりぼっちではなかった。

今朝は、不思議に白く眩しい美しい朝だった。

暗く冷たい夜ではなく、明るく眩しい朝でよかった。

 

「死」に色をつけるとしたら、多くの人が黒を選ぶことだろう。今までならわたしも黒を選ぶと思う。

でも、今ならわたしは白を選ぶ。

死を恐れるものにとって、死は暗闇や絶望を表す黒をイメージするだろう。

でも死を受け入れる覚悟のあるものにとってはそれは違う。死は終わり。この世界からの導きの光。

ちょうど、今朝の光のような白。

全てを包み込む白く眩しい光。

あの子にとって「死」はあの子から安らぎや幸せを奪うものではなく、あの子を苦しみから救う穏やかで安らかな眠りであったと思う。

だからあの子は、暗く冷たい夜の闇に怯えて逝くのではなく、あの白く眩しい光に導かれて旅立っていった。

 

 

こんなに美しい朝の光に導かれてあの子が旅立っていったのならきっとあの子はもう天国にたどり着けただろう。

 

きっとそこには、モモちゃんもガンちゃんとアイちゃんもいて、ちゃっぴーもモルちゃんもいる。

そこはあたたかくて優しい、幸せな場所に違いなくて。

あの子たちは瑞々しい青い草の上でたくさん眠って、大好きな食べ物を好きなだけ食べて幸せに過ごしている。

きっと、きっとそう。

 

そしてあの子たちはこの先も、わたしの中で生き続ける。白いあたたかい光となって、わたしの中に宿っている。

 

 

ずーっとずっと大好きだよ、ちゃぴお。

 

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わたしたちのところに来てくれてありがとう。

頑張って生きてくれてありがとう。

またいつか、あなたに巡り会えますように。

愛していたよ。

愛しているよ。

 

I’ll always love you.

 

 

あなたが幸せでありますように。