カーネリアン
今年の春、ピアスを開けた。
ずっと開けたいと思っていて、でも痛いのはこわいし、急にピアスを開けて周りに何かを言われるのも嫌で、ずっとタイミングを掴めずにいた。
就職前の春休み、就職先がピアス可なのかもわからないまま、バイトを辞めて、実家に帰省する電車に乗る前に、耳鼻科に行った。
実家に帰ったら、親に保険証を返すことになっていたし、何より学生から社会人になるこのタイミングを逃したら、またタイミングを見失って、いつまでも開けられないままだと思ったから。
下調べもほとんどせずに、何かに背中を押されるようにしてピアスを開けた。
いつだってそう。やると決めてしまえば、すぐに動ける。
思い切ってしまえば、一歩を踏み出しさえすれば、なんだって思っている以上に簡単なのだとわたしは知っている。
帰省する電車に乗る前のほんの僅かな時間。
あんなに怖がっていたのに、穴を開けるのは一瞬で15分もせずにクリニックを出た。
そんなに早く終わると思っていなくて、クリニックを出てひとり呆然として立っていたっけ。
痛いと思っていたのに、ちっとも痛くなくて、こんなものならもっと早くやっていればよかったなぁと思った。
はじめてのピアスは小さなシルバーのピアスで、よく見ると星の形をしていた。
二ヶ月近く待って、ようやくファーストピアスが外れて、半年近く過ぎた今では毎朝どのピアスにするか選ぶのが当たり前になった。
お盆休みに実家に帰って、前にピンクの珊瑚のピアスがあると話していたのを思い出して、母に見せてもらった。
わたしが祖母からもらったネックレスと同じ、ピンクの珊瑚。デザインは少し古いけれど、小さく揺れるのがとても可愛かった。
母はわたしが生まれる前に、子どもができたら危ないからとピアスをやめて、もう穴はすっかり塞がってしまっている。
だから、そのピアスを譲り受けることになって。
それと一緒にしまい込まれていた他のピアスの中に、ひとつ。
目を惹くものがあった。
それは唯一見覚えのあるもの。
夕焼けのような色をした、オレンジ色の石。
無言でそれを手にとったわたしに、母はこれもあげるよ、と言ってくれた。
その石はわたしの苦い記憶を思い出させた。
幼いわたしの罪の記憶。
記憶は曖昧だけれど、幼い頃のわたしはその石がとても欲しかった。
それはもう、喉から手が出るほどに。
無論、あの頃はそんな表現さえ知らない。幼稚園児の頃の話。
昔、住んでいた家の近所にひとつかふたつ年上のゆきちゃんという女の子が住んでいて、たまに一緒に遊んでいた。
その子の家に遊びに行ったとき、ゆきちゃんはいくつか綺麗な小さな石を見せてくれた。
その石はもちろん本物の宝石ではなくて、よく見る天然石つかみ取り、みたいな子ども騙しの偽物の石だと今ならわかるけれど、幼いわたしにはとびきり綺麗で特別な石に見えた。
いくつか並べられた小さな石の中で、わたしはそのオレンジ色の石に惹かれた。
石を見せてもらっている間に、帰るよと母に呼ばれて、その石をもっと見ていたかったわたしは、ゆきちゃんが目を離した隙にとっさにそのオレンジの石を自分のポケットにしまい込んだ。
その後、わたしは罪悪感に苛まれながらも家でこっそりその石を眺めていた。
誰にもその秘密を言い出せないまま、わたしは引っ越して、ゆきちゃんには会わなくなって、それからゆきちゃんも引っ越したと聞いた。
ついに返せなくなってしまったことへの罪悪感は消えないまま、それでもゆきちゃんにばれなかったことに幼いわたしは安心した。
でもある日、わたしはその石を失くしてしまった。
どうしてだったか忘れてしまったけれど、家の駐車場の砂利の中に落としてしまって、探しても探しても、見つからなかった。
元々自分のものではないから、こうなってしまったのも仕方ないと諦めて、しばらくした頃。
わたしはその石によく似た石を、母のアクセサリー箱の中で見つけた。
当時のわたしは、それをあの石そのものだと思って、ひどく動揺した。
わたしが失くしたあの石を、母が拾って持っているのだと。
母親にわたしが人のものを盗ったとばれたのだと思って、しばらくの間はいつ怒られるのかと怯えていた。
でも、母親からは何も言われなくて、そのままわたしも忘れてしまった。
その石が、今わたしの両耳で揺れている。
巡り巡って、幼い頃、わたしがあれほど欲しかった石がここにある。
その名はカーネリアン。
あの頃は名前さえ知らなかった石。
大人になった今の自分は、選ばないような石。
でも、この石が今わたしの手元に来たのは、何かしらの意味があるように思えて仕方ない。
この石とは運命めいた何かを感じるから、その意味を探したいと思う。